2012年9月1日 美木多 幼稚園

VIVA  美木多幼稚園卒園児
ー9月のことばー

 

昨年の夏、今年の春と夏の甲子園、3大会連続して決勝に進んだ青森光星学院高校、その大半の部員は大阪出身であるとは言え、屈指の強豪高校になった。その中でもプロ野球界からドラフトへの熱い期待を寄せられているのが4番北條史也君。自宅は私の自宅の隣、美木多幼稚園、美木多小、中学校出身だ。3兄弟の真ん中、親子ともどもスポーツ万能一家、おじいさんもプロへの道に満更でもなさそう。8月中旬、不動産取引を生業にしている50歳の人がやってきた。昔の美木多村の出身者。話しの弾みで子どもの話題になった。東京の大学に言っているとのことであった。更に詳しく聞くと東京大学理科二類に今年入学したとのこと、やはり美木多幼稚園、美木多小学校出身、中高は東大寺学園、800世帯位の旧美木多村で東大出身者は今まで2人、そして美木多幼稚園出身の彼で3人目、この数が多いのか少ないのかわからないが立派な事だと思う。美木多幼稚園出身者は優秀で成績もいいとよく言われる。何も飛びぬけている人だけが優れていると言っているわけでない。35年間の美木多幼稚園の卒園児は6000名余り、8月だけでも2人と考えると、社会で、学校で活躍している人は枚挙にいとまがない位だろう。その活動場所は日本だけに留まらず、広く世界中にまで及んでいるという事を考えれば、小さな幼稚園での保育活動が何らかの形で潜在的に関わりを見せているのは幸せに感じてしまう。『三つ子の魂百まで』の諺を持ち出すまでもなく、幼児教育の大切なことは遠い将来の人間形成にも大きな影響を持つことは美木多幼稚園卒園児の活躍を見ても明らかな事だと思う。私達は世間によく知られている傑出した人だけでなく、普通の人が生涯にわたって幸せに人生を送ることができる一助となるように今一層、おこがましい言い方ですが、幼児教育に取り組んで、皆様のお子様に対する熱い思いに応えていきます。

過去はますます過去になっていく

 1969年7月20日、彼は人類史上初めて月面に上陸した。アームストロング宇宙飛行士、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」That’s one small step for man, one giant leap for mankind. と言って。当時ブエノス・アイレスにいた私は25才、青春の真っ只中であった。その言葉をスペイン語で読んで、何と陳腐な言葉だろうと偉そうに思った。しかし今となってはその言葉に重みを感じるようになった。同じ時期に上映されたLOVE STORY(ある愛の詩)がエロ・グロ全盛のときに私に大きな感銘を与えた。「愛とは決して後悔しないこと」Love means never having to say you’re sorry. というセリフが流行になった。「僕はいつもこの場所に来てしまう。ジェニーとの思い出の場所に」「過ぎ去った日々は君のことばかり」歯の浮くようなセリフも新鮮で感動であった。何回この映画を見たか分からない。フランシス・レイの音楽と相まって、いつまでも私の脳裏にこびりついている。丁度この頃見た「追憶」(The way we were)も忘れられない。今の薄っぺらい映画に比べると重厚さを感じるのは私だけだろうか。過去はどんどん過ぎ去って遠い遠い彼方に消えていく、新しい出来事を蓄える為に。しかしそんな過去も何かの拍子に鮮烈な思い出となって浮かんでくるが、何かしら未練とほろ苦さを感じる。過去は現在に至る道程とは言え、人生の短さと過ぎ去るスピードで振り返る余裕もなくなってきた。
9月、長月、子どもたちは帰ってきました。幼稚園に命が宿ったようです。教職員一同子どもたちと過ごせる幸せをかみしめながら、子どもたちの大きな成長への力添えをしてまいります。今月もよろしくお願い致します。