今年の夏は比較的それ程暑くないと思わせた8月中旬、しかしその期待を裏切るように、下旬になると急に暑さがぶり返して、毎日が35℃を超える猛暑日、瞬間的には40℃を超える場面も。しかし季節は確実に進み、暑い中にも飛ぶトンボや鳴くセミの声に秋の気配がうっすらと感じられるようになりました。夏休みから戻った子どもたちは一か月見ないうちに、毎年そんな気分にさせられますが、本当に大きく、たくましく成長を感じられるようになりました。大人に向けてのほんのわずかですが、貴重で必要不可欠な成長の過程です。始業式では二学期の行事や様々な環境の変化を話し、これから来る季節への期待を持つことの大切さを話しました。運動会の練習も本格的になり、苦しい中にもやり遂げようとする心構えが見えてきました。又作品展での物作り、創作活動で無から有への有意義な経験もするでしょう。 様々な収穫体験や槇尾山登山、仲間との遠足も計画しています。知識や体験、経験を積み、友との有意義な交わりを通じて、より一層幼児期における成長の芽を感じ、人間性を高めていってもらいたいものです。この間読んだ本の中に人間性、社会性、挑戦心、忍耐心などの非認知能力を育てる方法として、5つ挙げられていました。 1.子供に寄り添う、換言すれば信頼関係、愛着関係を結ぶ。 2.その子自身の進歩を認め、ほめてあげること。ほめる、励ます、(視野を)広げるという3Hの言葉がけの実践はとても大切だが、他の子どもと絶対比べないこと。特にきょうだい同士を比較するのは残酷です。子どもは自分たちで比べあっている。 3.親や保育者が生き字引のように定義や解説や回答を与えないでほしい。 4.普段の日常生活で何々したらダメ、何々しなさいと裁判官のように評決を出さないこと。つまり禁止や命令ではなく提案の形で伝えていただきたい。命令にいつも従っていたら、ある一定のところまで成長できるが、命令されないと動けない子どもになってしまう。 5.子ども自身が考え、判断する余地を残してあげる。 成績などの認知能力も大切だが、社会を渡っていく上でこの非認知能力もそれに劣らぬくらい大事なものです。 先日久しぶりに山陰に行きました。その時のことを少し報告します。 東京始発ののぞみ103号が時間通りに新大阪のホームにゆっくりと滑り込んできた。 一人で山陰を目指した列車の旅であった。7時56分、西に向かってゆっくりと16両編成の列車が動き出した。10回とは言わないが何回かこの山陽道に向かう新幹線に乗ったことがあった。昔はというより1972年の開業時からしばらくの間、新神戸に止まらなかったと思ったが、トンネルとトンネルの間の新神戸駅に13分で到着した。区間距離32.6km、平均時速約150km,次の岡山には8時55分に到着、新大阪から約161km,46分、時速にすると平均210km,停車駅もあったので、実際はもう少し早いのだろう。 昔 山陽新幹線に初めて乗った時、なんとトンネルが多い事かとびっくりした。岡山まではまだそれほどでもなかった。(因みに山陽新幹線には大小142のトンネルがあるとか)岡山駅で下車し、在来線の2番ホームに移動した。次の列車は岡山始発で途中倉敷から伯備線に乗り入れる特急八雲5号だ。この八雲は出雲にかかる枕詞で「八雲立つ」にちなみ、意味は「多くの雲がたちのぼる」の意味だそうだ。 新大阪に早く着きすぎたので、計画より早い列車に切符を新大阪で変更してもらった。倉敷を出ると次はほとんどの人が読むことが困難な備中高梁、ここまでが私たちが慣れている複線区間、天空の城、唯一天守閣が残されている雲の上の山城、備中松山城がある。岡山では目立たないが、松山藩の誇り高い町だ。昔この地出身の先生が勤務されていたことがあった。列車は高梁川に沿って上流に進んだ。特急八雲はここから単線区間、山が続き、渓谷が私たちを魅了する。しかしその美しさは列車の中に乗っているよりも、外から見る方がより魅惑的で、ロマンチックに思う。新見市、今でも牡丹鍋を食べたくなれば、この町のジビエのお肉屋さんから取り寄せることもある、この市を通過し、列車は山陰本線と合流して、鳥取第2の都市、米子に到着。鉄道を中心にして栄えた米子市は山陰では大きな町だ。岡山からここまで約3時間あまり、160kの行程だ。くねくねした線路をそれでも時速50kmあまりで走ったことになる。八雲は終点出雲には12時17分、時間通りに到着した。折角だからと思って、切符の変更をお願いしたら、1度変更しているので、手数料700円が必要であった。時間がなかったので、出雲大社までタクシーで行った。稲穂が広がる田園地帯が続き、大社の近くまで来ると、立派な古い駅舎があった。タクシーの運転手は昔東京からこの出雲大社の駅まで直行列車があったと言った。今は廃線になっている。運転手は親切に山門前の竹内マリアの実家の竹野屋旅館までも説明された。 山門の入り口の横を通ってタクシーで行けるところまで進んでもらい、出雲大社にお参りした。大きなしめ縄は健在であり、出雲大社の象徴だ。外国人は案外少なかったし、お盆が明けたばかりで、参拝客もそんな多くなかった。門前の出雲そばのお店はお客さんがいっぱい並んでいたので、タクシーの運転手のおすすめの駅前の蕎麦屋さんでわんこそばに似たそばを食べた。人それぞれ好みがあるが、このかたい出雲そばと出汁はそば好きの私には少し期待を裏切られるものであった。出雲から山陰本線、13時28分発の特急スーパーまつかぜ5号に乗った。単線であり、上には架線がなく、ディーゼルの気動車、そして特急と言いながら、2両編成で、前は指定席、後ろは自由席であった。それでもお客は少ない。一番前に座った。線路の両サイドが中低木やササ、その他の雑木に囲まれ、列車はまるでそれらのトンネルの中を進行しているようで、窓から景色を見ることはあまりできなかった。昔はきれいな日本海の景色を眺める事ができたであろうと感慨にふけった。電化されていないので、架線はないが横に並行して走っている通信用ケーブルなどにはツタや低木が絡みつき、強い雨風や雪が来れば線路はすぐに通行できなくなるのではと思った。保線で働くJRや下請けの社員の苦労がしのばれた。人件費や維持費その他を考えると、このメインストリームの山陰本線も赤字になっているのだろうか。 あと何年かするとこの貴重な線路も廃線の憂き目になっているかもわからない。地元や地域の人たちは廃線に全面的に反対するだろう。山を削り、トンネルを作り、川に橋をかけ、苦労して作った線路、私も残してほしいと思う。しかし今の日本の現状や経済合理性から判断すると先行きが非常に暗い。約130km、2時間の旅であった。益田の町は意外に大きく高層の建物やホテルもそれなりに存在し、近くには石見空港もある。予約したレンタカーの場所はわからなかった。 電話して迎えに来てもらったが、丁度駅の反対側にあり、カローラで迎えに来ていただいたが、これから借りるのがそのカローラであった。行先をセットし、山陰道を西に向かった。道は日本海に沿って蛇行を繰り返し、私の知らない町を次々通り過ぎて行った。寂れた田舎町、漁業の町もあった。萩の道路標識が見えた。知っている名前であったが今日の目的地はここではない。通り過ぎて長門市に入り、そこを左折して長門湯本を目指した。80kmあまり、5時頃、目的地の大谷山荘の旅館に着いた。ここも盆明けのせいか、お客さんもそんなにいなかった。今の建物が新築されて40年余り経過しているそうだが、その時に旅行会社の人と一緒に来たことがあり、又居心地がよかったので、30年ほど前も家族と共に来たことがあった。今回は3回目、一人旅と宿泊費のせいか洋室のベッドルームで和室ではなかった。勿論事前に聞いていた。…